ブララボをお空まで連れていってくださいました

2014年にこれも話せば長い、奇跡のような巡り合わせでお会いしました、BRALABOの乳がんアピアランスのスーパーモデルのフェニックスさん(彼女のブログのハンドルネームを使わせていただきます)

津田塾大学のご出身で、銀座の銀行の外国為替でOL時代は勤めて、英語は企業研修をするほどのご堪能で、海外旅行も不便なく過ごされて広く脚を伸ばされて、センスのいい趣味をアートからパンつくり、読書にエアロビクスと深く嗜み、心を込めたボランティア活動もされて、ダーリン様とも互いを大切に仲良く過ごし、聡明で朗らかで優しくて、、、そしてとってもお茶目な、わたしの憧れの方です。

わたしがバストアップシリコンバストを開発したとき、他にはない「バストアップ型」というコンセプトをすぐに理解くださり、初めて見る発明品を、すぐにオーダーしてくだっさったのです。正確には、試着もせずに、2年ほどのお付合いで桂子さんなら間違いない。プロにお願いしたいと、言ってくださったのです。(もちろん試着あってのオーダーですので、「とにかく見て、試してみてから考えてください」とわたしは説得しました)

こんな幸福って人生の中で起こるとは思っていませんでした。認めてもらえる信じてもらえるって、生きていく上で図りしれないエネルギーになりますからね。

そして使ってくださってからも、事あるごとに桂子さんすごい!わたしの思った通り。満足!
と言ってくださり、

お役に立ってるという人生の充実感を頂戴しました。

 

そのフェニックスさんが9月28日に旅立たれました。

 

わたしたちがお会いした2014年、フェニックスさんはすでにステージ4で、二回目の再発をしていました。それでも楽しく元気に行動し続け、何度もの試練から何度も復活をし、最後まで自分らしくいらっしゃいました。とてもステージ4には見えない外観つくりも楽しんでされていました。

9月に入って何故かふと、フェニックスさんに会いたくて、体調がよかったら、、という前提でお約束し、9月11日にフェニックスさんの住む日立市まで行きました。

もちろん抗がん剤をしながらのお身体ですが、カートを杖にしながらもしゃきっと歩かれて、ランチからお茶まで、いつものお茶目な表情でたくさんのおしゃべりをしました。

ご自身の状況の発信も誰かの役に立つといいなと、ブログやフェイスブックにも嘘なく、隠さず投稿されていました。

そのフェニックスさんの家族葬の様子をダーリン様が、ブログとフェイスブックに投稿されて、そこに、ブララボのシリコンバストとブラジャーを着けて旅立ったいう旨のと記載があり、わたしは知るに至りました。(またわたしは9月11日の笑顔を宝物にしたくて、あえてお別れはしないことに決めて日立へ参りませんでした)

実は、、、、フェニックスさんの腰の痛みが強くなり、コルセットの着用が余儀なくされ、
もうブララボが着けれないとなったとき、フェイスブックの投稿で、

「こんなコルセット着けたら、ブララボが着けれない。せっかくカッコ良くなったのに、気分が下がる。台無しじゃないですかぁ」と。拝見しました。

わたしは腰の様子の心配と共にすごく心が痛みました。なんというか、、、

せっかっく思い通りになるものを手に入れていただいたのにという悔しさと、

せっかく作らせてくださったのに使えないという申し訳なさと、

何よりも
こうなったフェニックスさんに対しての自分の無力に。
(これを機にわたしは装いアピアランスクリエイト協会を作りました)

フェニックスさんは変わらずブララボとわたしを応援し続けてくださり、

また9月11日にお会いした時には、「外ではコルセットだけど、お家にいるときはコルセット着けないこともあるの。ブララボを着けていることが楽だから、お家では着けていることもあるの。本当に楽〜」と教えてくだいました。

でも、半分、わたしに気を使って言ってくださっているのかもなと思っていました。

ですから、ブラジャーとシリコンバストを、お空にもお供させてもらえたことは、フェニックスさんが、ブララボとわたしを信じて頼りにしてくださっていたんだと、

フェニックスさんからのメッセージと感じれて、本当に胸がいっぱいになりました。

救われました。

フェニックスさんが、後悔や何かそんな気持ちになっていないか、、そんな気持ちを与えてしまっていないか、、心配だったのです。

ごめんなさいm(__)m
フェニックスさんはウソは嫌いですのにね。

「桂子さん、頑張って広めてね。必要な方に届けてね」といただいてる言葉の通りに
精進して参ります。

そして、年齢はまだお若かったですが、フェニックスさんはできるときにできることを。1日1日を大切に。いつ死んでもいいつもりで未来へ生きる。有るものに感謝して。と良く聞く言葉かもしれませんが、なかなか難しいことを体現してらして、自分から情報を探し、考えて判断し、行動し、奇跡を掴みに行き、再発から13年も羽ばたいた、まさにフェニックスと言える見事な生命だったと思います。わたしは大往生だと感じるし、フェニックスさんはいつもずっと心の中にいるから、悲しまないことに決めています。

画像に含まれている可能性があるもの:高橋 裕恵さん、西沢 桂子さん、、スマイル
ブラジャーのフィッティングに来てくださった時
画像に含まれている可能性があるもの:3人、、高橋 裕恵さん、小峰 寿子さんなど、、スマイル、座ってる(複数の人)、室内
9月11日楽しくおしゃべりした日
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お写真の許可を都度に連絡していましたが、3度目で「無制限!桂子さんノープロブレム!」と
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乳がんの情報が掲載される雑誌に登場。向かって左側にバストアップシリコンバストを装着

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